大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(行)5号 判決 1972年3月24日

原告

伊藤吉春

右代理人

佐伯静治

外九名

被告

東京都教育委員会

右代表者

蠟山政道

右代理人

吉井規矩雄

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立て

1  原告の求める裁判

「被告が原告に対して昭和三四年一〇月一四日にした免職処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告の求める裁判

主文同旨の判決<中略>

理由

一懲戒処分の成立

原告が被告の任命により昭和三一年一一月一日から東京都北区立堀船小学校長として勤務していたことは当事者間に争がなく、被告が任命権者として原告に対しその任用、分限、懲戒その他の身分取扱に関する事項を行う権限を有することは後記認定のとおりであるから、原告は当時地方公務員法の規定の適用を受ける一般職に属する地方公務員(同法三条、 四条一項教育公務員特例法三条)であつたというべきである。そして、被告が昭和三四年一〇月一四日に原告に対し同日付文書を交付して「地方公務員法二九条一項一号及び 二号により、懲戒処分として免職する。」旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、右懲戒免職処分は、行政庁の処分として、成立したものといわなければならない。

二懲戒事由の存在

1  被告が地方公務員法四〇条の規定に基いて東京都公立学校に勤務する教職員の勤務成績の評定を実施するため東京都立学校及び区立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(昭和三三年教育委員会規則九号同年四月二三日公布施行改正昭和三四年教育委員会規則二四号同年七月一日公布施行に係るもので昭和三五年教育委員会規則一九号による改正以前のもの。)すなわち本件勤務評定規則を制定したこと、被告の教育長が本件勤務評定規則の定めるところにより勤務評定の実施についての必要事項を定める権限を委任され(一三条)、右権限に基いて東京都公立学校職員の勤務評定実施要領(昭和三四年七月一日教職発八六号教育長通達)を定めたこと、本件勤務評定規則の定めるところに従い、昭和三四年九月一日当時において原告が区立堀船小学校の教諭、助教諭、事務主事ら教職員の勤務成績についていわゆる評定者として(六条)、実施時期を同日とする定期評定をして(四条二項)、その勤務評定書(七条)を同年九月一五日までに被告の教育長又は北区教育委員会教育長に提出する(九条一項)ものとされていたこと、原告が右の勤務評定書を提出することは到底承服しがたいとして勤務評定書の右提出期限を徒過したこと、及び被告が同年九月一六日に原告に対し職務上の命令をもつて右定期勤務評定書を提出すべきことを指示したが、原告が右指示に従うことを拒否したことは当事者間に争がない。

被告は、原告が本件勤務評定規則に従わず、かつ、被告の原告に対する職務上の命令に従わなかつたことが地方公務員法三二条の規定に違背する非違行為であるとして、同法二九条一項一号及び 二号に各該当する懲戒事由の存在を主張しこれに対し、原告は、本件勤務評定規則及び職務命令が違法であるから、原告が本件勤務評定規則及び職務命令に従わなかつたことは被告の主張する非違行為には該当しないとして争うので、右懲戒事由の存否について以下判断する。

2 まず、本件勤務評定規則の制度的意義について考察する。勤務成績の評定とは、公正な人事行政の基礎資料の一つとするために、職員の執務について勤務成績(勤務成績というが、職員が職務と責任を遂行した実績すなわち勤務実績のみならず、執務に関連して見られた職員の性格、能力及び適性をも含む趣旨である。)を評定し、これを記録することであるが、およそ人事に関する制度において人事管理の責任者が職員について何らかの方法によつてその勤務評定を行うことは当然のことであつて、人事管理の適正を期するために大量の職員の勤務成績、能力、適性等を公正かつ適確に示す資料たらしめるところに勤務評定制度の意義と目的があることはいうまでもない。現在の公務員制度の下においては、職員の採用・任用は受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基いて行われなければならないし(地方公務員法一五条、国家公務員法三三条)、勤務成績が良くない場合、その職に必要な適格性を欠く場合は、降任し又は免職することができるし(地方公務員法二八条、国家公務員法七八条)、あるいは勤務成績によつて昇給、研修の実施、配置換その他適当と認める措置を講ずるなど、能力主義・実証主義によつて適正な人事管理を図る建前であることに対応して、職員の執務について定期的に勤務成績の評定を行うべきこと、及び評定の結果に応じた措置を講ずべきことを定めているが(地方公務員法四〇条一項、国家公務員法七二条一項)、このことは、教育を通じて全体に奉仕する教育公務員の場合においても、職務とその責任の特殊性に基いて勤務評定の実施権者につき特例を設けたこと(教育公務員特例法一二条)を除いて、何ら例外をなすものではなく、法律制度として勤務評定が定められ、これを基礎資料の一つとして適正な人事管理の行われることが要請されていることにかわりはない。地方公務員法四〇条に基いて制定された本件勤務評定規則は、いうまでもなく、東京都立学校及び区立学校の教職員の勤務成績を統一的に評定し、その結果たる記録を公正な人事行政の基礎資料に供する法律制度にほかならない。

3  つぎに、本件勤務評定規則の制定の経過についてみるに、<証拠>をあわせると、次のとおり認めることができる。

昭和二六年に地方公務員法が施行され、地方公務員たる教職員についても勤務評定を実施すべきであつたが、当時は実施計画をたてるべき任命権者が、都道府県及び五大市に分れ、一部には教育委員選挙によつて任命権を有する市町村もあり、昭和二七年一一月には全国の市町村に教育委員会が設置され、これに任命権が付与されるという状態にあつて、いまだ任命権者が都道府県に一本化されるにいたらず、制度の変革による困難性があつた。そこで昭和三一年に地教行法制定による教育委員会制度の大改正があつて、教職員の任命権は市町村教育委員会の内申に基いて都道府県教育委員会が行使することとなるに及んで、ようやく教職員に対し勤務評定を実施する体制ができあがるとともに、同年二月に愛媛県教育委員会が教職員の昇給昇格につき勤務成績の評定結果を参考にするとの態度を決めたのを矢として、かねて検討してきた勤務評定の実施の機運が胎動し、昭和三二年五月に都道府県教育長協議会総会においてこの問題に関する提案があり、同総会がこの提案を採択して第三部会に研究を付託し、引き続き同年一〇月にも討議が行われ、教育長協議会は自主的に協議会独自の実施試案を至急作成することを決定し、これと時を同じうして全国都道府県教育委員会委員長協議会もできるだけ速かに勤務評定が実施できるよう研究することを申し合わせた。教育長協議会の第三部会はこれらの要請に基き鋭意研究を重ねたあげく一案をえてこれを幹事会にはかり、その承認をえて同年一二月に協議会試案を確定したが、この試案の作成にあたつては、国・地方公共団体・会社等の職員についてすでに実施されているものはもとより、諸外国における事例をも検討し、さらに教職員の職務と責任の特殊性についても十分考慮して慎重を期した。この試案に則つて昭和三三年四月二三日に被告の教育委員会規則九号による勤務評定制度が施行され、同年第一回の定期勤務評定が実施されたが、この勤務評定規則については、さらに検討改善を加えるべき点があつて、昭和三四年三月には勤務評定研究特別委員一同(大浜英子、中山伊知郎、波多野勤子ら九名)から、同年六月には勤務評定制度研究委員会(委員長長浜恵)からそれぞれ制度改善のための要望ないし答申が出されたので、被告はこれらの改善意見をも十分考慮し、さらに前年度に実施した勤務評定の経験を生かして、右勤務評定規則による評定方法についてその改善をはかり、同年七月一日から施行されるにいたつたのが本件勤務評定規則である。

4 また、本件勤務評定規則に基く勤務評定の方法等についてみるに、<証拠>によると、次のとおり認めることができる。

職務と責任の度により、八種の職種群、すなわち、校長・園長の群、教務主事・教頭・定時制主事・通信教育主事の群、教授・助教授・教諭・講師・助教諭の群、養護教諭・養護助教諭・看護婦の群、寮母の群、事務長の群、事務主事・事務補佐員・事務主事補・事務助手の群、実習助手・技師補・技術助手の群に分けてそれぞれの評定内容を定めていること。勤務実績については、職務の状況と勤務の状況の二点から観察し、評定するが、職務の状況の評定要素及び観察内容は各職種群ごとにそれぞれの職務内容の実態に対応して評定要素を数項目に分け、たとえば、教諭についていえば、学級経営・学習指導・生活指導・研究修養・校務の処理の五項目の評定要素を設け、勤務の状況は勤務の態度と出勤の状況についてそれぞれ評定と記入をし、右評定要素の評価にあたつては、評定者ごとに評価がまちまちに了解されたり、評価の基準がちがつたりしないように、職務遂行の基準に照らして必要と考えられる事項を分析して観察内容を各評定要素ごとに示し、勤務の態度については、勤務全般について必要な事項を一覧しうるように観察内容が定められ、したがつて、これらの観察内容はいずれも評価の観点として用いられるとともに、平素の監督者の指導や観察の指針としても利用しうるものとし、かつ、職務の状況と勤務の状況は、特性・能力その他に比較して、客観的評価が可能と考えられ、しかもこれが職員の勤務実績の中心をなすものであるから、この評定結果を総合して勤務成績の総括として記録することとしたこと。執務を通じて見られた職員の性格・能力・適性については、特性・能力と適性についてそれぞれの職員の職務上必要な資質に応じて、特性・能力の程度を評価しうるように観察要素を定め、たとえば、教諭についていえば、教育愛・指導力・責任感・公正・協調性・品位・健康の七項目の観察要素を示し、その評価にあたつては、評価の基準が各評定者によりまちまちにならぬように観察内容を定め、適性は、評価の結果を示すためのものではなく、適材を適所に配置するための資料として具体的に記述するものとし、特記事項については、勤務について特に目立つた注目すべき点、指導注意の措置をとつた事項その他性格等で参考になることを具体的に記述することとしたこと。評定段階については、職務の状況、勤務の態度及び勤務成績の総括をいずれもA・B・Cの三段階とし、評定の基準は、職務に要求されている水準に照らして平均の位置にあるものをBとし、Bより上位にあるものをA、Bより下位にあるものをCとするが、Aのうち特にすぐれているもの、またはCのうち特に劣つているもののみについては、記事欄にその旨を記入し、総評については、勤務成績の総括を基にし、特性・能力・適性及び特記事項を参考にして評定することとしたこと。評定に当つて、特定の評定者の専恣を防ぐために、評定者のほかに、評定の調整を行う者(すなわち調整者であるが。)による評定の手続を認め、調整者は、評定者の行つた勤務評定について調査し、過誤又は不均衡があると認める場合において、これを調整するものとされていること等である。

かように認められる。右認定の勤務評定の方法等に前記3の規則制定の経過をあわせると、本件勤務評定規則は、国家公務員についての勤務評定の具備すべき条件・基準にも合致し(人事院一〇―二(勤務評定の根本基準)二条参照)、かつ、前記1に掲げる制度の意義・目的に副うものといわなければならない。

5  そこで、原告の主張する本件勤務評定規則及び職務命令の違法性について吟味する。

(一)  本件勤務評定規則は地教行法四六条の規定に違反し、都の特別区である北区の教育委員会がもつている勤務評定実施権をもふみにじるものであると原告は主張する。

地教行法四六条の規定は、たしかに、県費負担教職員(市町村立学校職員給与負担法一条及び 二条に規定する教職員で、市町村立学校の教職員は殆んどがこれに属する。)の勤務成績の評定は、地方公務員法四〇条一項の規定にかかわらず、都道府県教育委員会の計画の下に、市町村教育委員会が行うものとされているし、同法二条において教育委員会が置かれる市町村の市には特別区を含むものとしているから、都の特別区の教育委員会の所管に属する区立学校の教職員の勤務成績の評定については、一見被告ではなく、当該区の教育委員会が実施権者であるかのようにみえないでもない。しかし、県費負担教職員については、都道府県教育委員会を任命権者としながら(三七条一項)、その服務の監督は市町村教育委員会が行うものとして(四三条一項)、人事管理上の責任を分担していることに対応して、その勤務成績の評定についても、任命権者たる都道府県教育委員会は評定の計画すなわち勤務成績の評定の時期、方法、基準等を統一的に定めるにとどめ、この計画の下にその服務を監督する市町村教育委員会が評定を実施するのを適当としたから、地教行法四六条の特例が規定されたと解すべきである。ところが、都の特別区においては、小学校、中学校及び幼稚園を設置し、及び管理し、並びにこれらに関する教育事務を行うが、これらの学校の教職員の任用その他の身分取扱に関する事務は、教育課程及び教科書その他の教材の取扱に関する事務とともに除かれ、特別区が処理しないで、すべて都がこれを処理するものとされている(地方自治法二八一条二項一号、 四項)。そして、身分取扱とは、たとえば、地方自治法一二条四項において「職員に関する任用、職階制、給与、勤務時間その他の勤務条件、分限及び懲戒、服務、研修及び勤務成績の評定、福祉及び利益の保護その他身分取扱に関しては」と用いているように、職員の任免、分限、懲戒、服務その他身分上一般に関する取扱を総称するものと解されるから、区立学校の教職員の勤務成績の評定は、身分取扱に関する事務の一つとして、都の団体事務に属し、これまた身分取扱に含まれる服務の監督とともに、都の教育委員会すなわち被告の権限に属するものというべきである(地方自治法一八〇条の八、地教行法二三条三号参照)。地教行法五九条一項の規定(昭和三九年法律一九六号により改正されたもの)は、右のような権限の帰属関係を特に明らかにしたものである。そうすると、区立学校の教職員の勤務成績の評定については、地方公務員法四〇条一項の原則に則つて、任命権者たる被告が実施権を有するから、県費負担教職員の勤務成績の評定について特例を設けた地教行法四六条の規定は都の特別区については適用されないものと解すべきである。すなわち、区立学校の教職員の勤務評定については、被告が地方公務員法四〇条の規定にいう任命権者たる実施権者として本件勤務評定規則を制定したのであつて、もとより適法といわなければならない。原告の右主張は理由がない。

(二) 被告が都の特別区の教育委員会の所管に属する区立学校の教職員について任命権者として勤務成績の評定を行う権限を有することは右に認定したとおりであるが、右の勤務評定を行うということは、必ずしも被告自身が個々の教職員の勤務実績並びに性格、能力及び適性を評価しなければならないことを意味するものではなく、、本件勤務評定規則による勤務評定制度を全体として実施することにほかならない。まえにみたとおり、本件勤務評定規則においては、区立学校の教職員については、校長がいわゆる評定者として所定事項の記入により評定した勤務評定書を提出するものとしているが、これとて、校長は、被告が実施権者として行うべき勤務評定についてその事務の一部を補助的に執行しているにすぎないのであつて、地方公務員法四〇条にいうような勤務成績の評定を行う責任者となるわけではない。ところで、校長は、校務を掌り、所属職員を監督する職務権限を与えられているが(小学校については学校教育法二八条三項)、この職務権限から当然に右の勤務評定に関する事務の補助的執行の職責を負わされるわけではない。しかし、校長は、その職務権限に照らして、つねに所属職員に接し、その勤務状況を観察して勤務の実態の把握に努めるべき地位にあるから、本件勤務評定規則に基くまでもなく、みずから所属職員の勤務実績並びに性格、能力及び適性を評定し、これを記録することは、校長の職務権限の範囲内の事務処理というべきであるし、また、校長をも含めて区立学校の教職員の任免、分限、懲戒、服務その他の身分取扱については、当該区の教育委員会ではなく、都の教育委員会すなわち被告がその事務を処理する建前であることはさきに認定したとおりであるから、被告は、右の所掌事務について、職務上の指揮監督権者として、区立学校の校長に対し、本件勤務評定規則に定めるような評定者たるべきことを指示してその所属職員の勤務成績の評定に関する事務を分担させることもできるというべきである。まさに、本件勤務評定規則は、被告と区立学校長らとの間における右のような職務関係を明らかに規定したものであつて、形式的には都の機関である被告の制定した行政規則であるが、実質的にはいわゆる職務命令にほかならないといわなければならない。そうすると、原告は、本件勤務評定規則の定めるところに従い、北区立堀船小学校の教職員の勤務成績の評定者として昭和三四年九月一日を実施時期とする定期勤務評定書を同年九月一五日までに被告の教育長又は北区教育委員会教育長に提出すべき職務上の義務があつたものであり、また、被告は、同年九月一六日に原告に対し、職務上の命令をもつて、あらためて右定期評定書提出の指示を与えたものであるといわなければならない。

原告は、原告が校長として所属職員の勤務成績を評定した勤務評定書を提出すべき職務上の義務がないから、被告の原告に対する本件職務命令はその根拠を欠き違法であると主張するけれども、これもまた、右に述べたところにより、すでに理由のないことが明らかである。

(三) 原告は、本件勤務評定規則は、評定の結果について秘密性を保持し、異議の申立てを認めないこととしているから、違法であると主張する。

原告の右主張事実(違法性の判断部分を除く。)は被告の認めて争わないところである。しかし、まえにふれたように、勤務評定は、人事の公正な基礎の一つとするために、職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録することであるから、その性質上、任命権者の人事行政に関する内部事項に属するし、評定の結果は人事管理上の一資料たるにとどまり、ただちに人事取扱に機械的に結合するわけではないから、勤務評定自体が個別的かつ具体的な不利益取扱となることはありえない。本件勤務評定規則にみられるように、評定の結果について秘密性を保持し、異議の申立てを認めないものとする建前もまた制度として当然に許容されるというべきである。もし、勤務評定に基いて、職員が具体的に不利益処分を受けた場合に、職員はその処分について審査請求及び訴提起により処分の取消変更を求めることができるのであるから、救済手段としてはこれをもつて足りるというべきである。原告の右主張も採用するに足りない。

(四)  本件勤務評定規則においては、いわゆる評定者のほかに、評定者の行つた勤務評定について調査し、過誤又は不均衡があると認められる場合において、これを調整するものとして、いわゆる調整者が定められ、たとえば、区立学校の校長が評定者である場合には、その区の教育委員会の教育長が調整者に指定されるものとすることが<証拠>により認められるが、右評定者及び調整者による評価手続は、国家公務員の勤務評定について具備すべき条件の一つとされる「二以上の者による評価を含む等特定の者の専断を防ぐ手続(昭和四〇年法律六九号による改正前の国家公務員法七二条二項、昭和四〇年六月一一日改正前の人事院規則一〇―二(勤務評定)二条三項二号)」に対応するものであつて、特定の評定者の専恣を防ぐための措置たりうるものといわなければならない。原告は、原告のいう「多頭評価方式」なるものを採用していないことが本件勤務評定規則の瑕疵であるように主張するけれども、右に述べたとおりであるから、原告の主張は理由がない。

また、右人事院規則二条二項の規定において「勤務評定は、試験的な実施その他の調査を行つて、評定の結果に識別力、信頼性及び妥当性があり、かつ、容易に実施できるものであることを確かめたものでなければならない。」ものとされているが、昭和三四年七月に本件勤務評定規則が施行されるに至るまでの勤務評定制度の前駆的・試行的経過(前記3認定)に徴して、本件勤務評定規則は人事院規則の右規定の趣旨にも副いうるものといわなければならない。原告のいう「試験的実施」が行われていないことが本件勤務評定規則の瑕疵であるように主張するけれども、右に述べたとおりであるから、原告の主張は理由がない。

そのほか、原告は、本件勤務評定規則について、右人事院規則二条一項の「職務遂行の基準に照らして評定」するものとする条件を充していないこと、及び評定の方法について評定の要素ごとに示された観察内容にきわめて問題点の多いものがあることを瑕疵として指摘するけれども、これもまた理由のないものであることは、本件勤務評定規則に基く勤務評定の方法等についてまえに認定したところ(前記4)により明らかであるといわなければならない。

(五) 原告は、本件勤務評定規則は、いわゆる反動文教政策の中心的な要として登場し、不当な政治的意図に基いて、教育内容を画一的に支配し、統制して、憲法・教育基本法に基く民主教育を破壊するものであつて、憲法・教育基本法の原理(ことに教育基本法一〇条の規定)に違反し、無効であると主張する。しかし、<証拠>はいずれも原告の右主張に同調するものであるが、これらの証拠資料によつてはまだ原告の右主張事実を認めるにいたらないし、ほかにこれを肯認するに足りる的確な証拠はみあたらない。原告の右主張は理由がない。

かえつて、本件勤務評定規則に基いて実施される勤務評定は、東京都立学校及び区立学校教職員の勤務実績並びに執務に関連して見られた性格、能力及び適性を評定し、これを記録することにすぎないし、評定の結果たる記録は人事管理上の資料の一つであるにとどまるものであるから、地方公務員法二四条、 四六条、 五二条等に規定する職員の勤務条件たるものにも至らないというべきである。したがつて、本件勤務評定規則自体がただちに職員の権利・利益を侵害する筋合のものでないことはいうまでもない。そして、本件勤務評定制度の意義・目的、実施の経過、勤務評定の内容・方法等につきすでに認定したところによれば、本件勤務評定規則は、教育における民主主義の原理に背馳するものでもなければ、教育行政の任務の本質及びその限界を侵すものでもないといわなければならない。

6  本件勤務評定について、原告が評定者として勤務評定書を提出しなければならない職務上の義務を負うものであり、被告が原告に対し指揮監督権に基いて職務上の命令をすることができるものであること、並びに本件定期評定書の提出について、原告が故意にその提出期限昭和三四年九月一五日を徒過したのみならず、被告の原告に対する同年九月一六日付職務命令にもかかわらず、原告がこれに従うことを拒否したことは、すでに認定したとおりであるから、原告はその職務執行の義務を果さず、かつ、被告の原告に対する職務命令に服従すべき義務を怠つたものというのほかはなく、右の各義務違背行為は、とりもなおさず、一般職に属する地方公務員の義務について「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」と定めた地方公務員法三二条の規定に違反する非違行為であり、原告は、右非違行為により、同法二九条一項一号及び 二号に規定する懲戒事由に各該当するにいたつたというべきである。

被告の主張する懲戒事由は、右に認定したとおり、存在するといわなければならない。

7  なお、被告は、懲戒事由として、右のほか、被告が原告に対し同年九月一五日、二八日及び一〇月二日の三回にわたつて職務命令をもつて勤務評定書の提出を求めたが、いずれも原告が応じなかつたことをあげて主張するけれども、これを肯認するに足りる証拠はみあたらない。もつとも、原告所属の堀船小学校を所管する北区教育委員会の教育長守岡折三が原告に対し同年九月一五日及び二八日の二度にわたつて勤務評定書の提出を要請したことが<証拠>により認められるが、北区教育委員会ないし守岡教育長は原告に対し勤務評定書の提出を命じうる職務上の上司でないことは前記5(二)により明らかであるというべきであるし、また右提出要請が被告の原告に対する職務命令の執行として行われたものであることを認めるに足りる証拠はさらにない。被告の右主張は理由がない。

三免職処分の相当性

原告の右非違行為の経緯についてみるに、<証拠>を総合すると、次のとおり認めることができる。

被告が実施権者として行う教職員の勤務評定について、東京都教職員組合は、はやくからこれに反対し、特に第二回目の本件勤務評定規則に基く昭和三四年九月定期評定を期して勤務評定書提出阻止を呼号し、評定者たる各校長に対しては勤務評定書の記入及び提出の拒否を要求してしきりに交渉を求め、その行動を監視するとともに、他方教職員の一斉早退を計画して世論の喚起に努めるなど、組織をあげて精力的に反対斗争を展開した。そこで各校長は組合の執拗なる阻止戦術に苛なまされながら、これを凌いで勤務評定書の記入及び提出を果さなければらない容易ならぬ事態を迎え、その職責遂行に遺漏なきを期することが要望されていたさなかにおいて、当面の校長の一人でありながら、原告は、昭和三四年九月一二日に突如声明書を発表して「本件勤務評定制度については、校長に勤務評定義務が存するものとしていること、人事管理の資料とするだけの信頼性・安定性がないこと、秘密性を保持して異議申立ての救済方法を認めないことなど、法律上、教育上の疑問が大きいから、原告は勤務評定書を書かない。」旨及び「校長に勤務評定義務が存するか否かについては裁判で確定したい」意向を宣言し(その事後的報告は北区教育委員会教育長守岡折三あてに寄せたが。)、続いて同月一四日に当庁に対し本件勤務評定規則に基き勤務評定書を提出する職務上の義務が原告に存しないことの確認を求める趣旨の訴訟を提起し、この提訴によつて、いままでの対等の立場で話し合えない被告と原告の上命下従関係を揚棄し、いよいよ被告と対等に法廷で相争うだけであると自負のほどを誇示した。折しも現職校長たる原告の右のような出方はたちまちテレビ、ラジオ、新聞等を通じて世間の耳目を聳動させたのみならず、教育界に時ならぬ波紋を投げつけたが、一に原告の望むところは、右のようにして世論を喚起し、これを背景にして被告を交渉の場に就かせ、本件勤務評定制度そのままの実施をついに断念させることにあつた。そのために、原告の抵抗はさらにめざましいものがあつた。すなわち、同月一五日に北区教育委員会の守岡教育長に呼ばれて勤務評定書の提出を要請された際、その要請には応じられない態度を明示した。また被告が原告に対し同月一六日付本件職務命令を告げる文書中において「法律上、教育上疑義があるからといつて、本件勤務評定規則に従わず、上司の職務命令に違反するような行為は、地方公務員法三二条の規定に照らして許されない。また勤務評定義務不存在確認訴訟を提起したからといつて、本件勤務評定規則に従つて勤務評定書を提出しなければならない校長の職務上の義務はいささかも変るものではない。」旨の説示までして職務上の服従義務に照らし、その自重を求めたにもかかわらず、これに対し「地方公務員法、規則等違法な法律命令に従がう義務はない。勤務評定書提出義務の存否については裁判で最終的に結末をつけることが一番あとくされがなくていい。」旨の同月一八日付返書を添えて、右職務命令文書を被告に返却する挙に出たのみならず、同返書中において「職務命令を出したり、処分でおどかしたのでは本当の解決にならない。」とまで揚言し、昂然と本件職務命令を拒否する態度を顕わに示した。さらに守岡教育長が同月二八日に重ねて原告に対し「現職校長である以上、勤務評定書を提出すべきである。」旨を告げ、その熟慮を求めて提出を促したが、これに対しても、裁判で「黒白のつくまで」提出しない旨をくりかえしただけであつた。

かように認められ、右認定をうごかすような証拠はない。そして、本件勤務評定規則及び職務命令は、すでにみたとおり、適法かつ有効なものであるが、原告が自己の判断によつてこれを違法であると認めたとしても、それが客観的に違法であることが明瞭でない場合である(このことは、理由二において述べたところにより明らかである。)以上、原告はこれに拘束されるものといわなければらない。すなわち、原告が右のような自己の判断や提訴に依拠して本件勤務評定規則及び職務命令に従わないことは許されない。原告は、まさに、自己の責任と危険において、本件勤務評定規則及び職務命令に拘束されないと判断し、その職務上の義務違背に及んだというのほかはないい。

もとより、地方公務員法二九条の規定による懲戒を行うかどうか、懲戒処分としていかなる種類・程度の処分をするかは、いずれも、懲戒権者の裁量に委ねられているが、本件懲戒免職処分については、原告の非違が右認定どおりの経緯のものであるから、懲戒権者である被告がその裁量を誤つたとみるべき余地はないといわなければならない。懲戒権を乱用した無効の免職処分であるとの原告の主張は理由がない。

四結論

以上に述べた理由により、本件懲戒免職処分は、行政処分として、適法かつ有効に成立したといわなければならない。よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 仙田冨士夫 吉川正昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例